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【香港民主化デモ】どうして若者が立ち上がったの?

2014/10/24 | Overseas, Pickup

hongkong
日本の若者は政治に関心がないと言われています。その一方、おとなりの中国・香港では、民主化を求める学生がデモを起こし、中心部を占拠しました。どうして彼らは立ち上がったのでしょうか。

誰もが香港市長選で投票できるように制度変更

デモのきっかけは香港の行政長官(市長)を選ぶ選挙です。香港には民主主義を望む民主派と中国共産党の一党独裁を擁護する親中派がいます。これまでの行政長官選挙は1200人で構成する選挙委員会というところで選ばれており、1200人以外は選挙に関わることができませんでした。しかも、選挙委員会ではこれまで民主派が過半数を占めたことはありませんでした。しかし、2017年からは香港の有権者が1人1票を投じて選ぶ「普通選挙」に変わることになりました。

「普通の」普通選挙を求めてデモ発生

一見、香港でも民主化が進んだように見えますが、実はそうとも言えないのです。香港の行政長官選に立候補するには指名委員会というところで半数の支持を得なければなりません。指名委員会は現在の選挙委員会と同じ構成になるので、これでは民主派は自分たちの候補を出せません。

「こんな選挙制度はおかしい」と思った民主派や学生は「普通の」普通選挙を求めて香港中心部を占拠するデモを起こしました。香港の警察がデモを排除するために催涙ガスを使用したのに対して、学生たちが傘を使って催涙ガスを防ごうとしました。そのため、欧米メディアが「雨傘革命」と呼ぶようになりました。

天安門事件に関する式典に参加したのがきっかけで
政治に目覚め、デモに参加

このデモの中心人物の劉家棟さんはNHKの取材に対し「このままでは香港の民主主義は後退してしまう。真の意味での直接選挙を求めます」と話しています。NHKによると、劉さんは中国本土、広東省生まれの18歳。小学3年生の時に家族で香港に移り住み、香港の自由な空気に触れます。政治に興味を持つようになったのは中学生の時に中国本土では教えられることのなかった、1989年の天安門事件に関する式典に参加したのがきっかけでした。

天安門事件とは 
言論の自由などを求めるデモを軍が弾圧

ここで天安門事件について紹介します。中国は自由にものが言えない国ですが、これではいけないと考えた政治家がいました。胡耀邦(こようほう)氏です。彼は独裁政権を維持したい人によって干されてしまいました。1989年4月、彼が亡くなると、彼を追悼するデモが起きました。このデモはやがて、言論の自由などを求めるデモに発展しました。

大規模なデモに対して、中国政府は、軍を出動して力ずくでデモを弾圧。数千人ともいわれるほどの人が殺されました。

理想と現実で分裂する香港市民

天安門事件と同じように弾圧されるんじゃないか、そんな恐怖の中でも立ち上がっていた香港の学生たちに、思いもよらぬところから攻撃が飛んできました。一般市民の一部がデモに反対し、デモ隊の拠点になっているテントを取り囲み、退去を求めて罵声を浴びせ始め、しまいにはデモ隊に殴りかかりました。デモ隊が中心部を占拠した時期が中国の祝日に重なったため、観光客の減少で稼ぎ時を逃してしまった人たちがいたのです。地元で食堂を営むという張学英さんは、毎日新聞の取材に対し「我々の我慢は限界だ。占拠活動は人々の生活を犠牲にしてまでやるものではない」と怒りをぶちまけました。

民主主義の理想と日々暮らしていくためにはお金を稼がなくてはならないという現実。香港の人たちの間で、この2つをめぐる対立が起こっています。(今野優之)

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